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十二代目 市川團十郎様 第三回 歌舞伎十八番「暫」
十二代目 市川團十郎様 第二回 歌舞伎十八番「助六由縁江戸櫻」
十二代目 市川團十郎様 第一回 歌舞伎十八番「勧進帳」

冨宅 市川團十郎様には以前も『エルビューニュース』でお話を伺いましたが、今回は、市川家のお家芸でもある歌舞伎十八番『勧進帳』のお話を中心に、歌舞伎の面白さについて伺いたいと思います。『勧進帳』は、国立劇場で私も三味線で弾かせていただいたこともありまして、ご縁もある大好きな演目ですが、團十郎様がお感じになる歌舞伎の魅力とは、どのようなところでしょうか。

市川 物語自体の面白さもありますが、使われている言葉や、その意味にあると思いますね。私たち現代人がお手本にすべきことが山ほど隠されていますから、江戸時代の人々の知恵と洞察力が詰まった宝箱と言えます。衣装や化粧、動きなど、見た目の楽しさもありますから、様々な見方ができるというのも魅力ですね。

冨宅 歌舞伎の特徴でもあるお化粧もまた江戸時代から受け継がれた文化ですが、お化粧の仕方も、お家ごとに違うのでしょうか。

市川 違いますね。ただ、歌舞伎のお化粧に関しては、それぞれ企業秘密だったようですから(笑)、あまり記述に残されてはいないようですね。一方、ご婦人方のお化粧については、おしろいの塗り方や髪の結い方について書かれた本が既にあったそうです。たとえば、髪には椿油よりも胡麻油が良いと。『ただし、殿方には好まれません』という具合にね(笑)。先人たちの知恵はこうして今にも受け継がれているんですね。
冨宅 『勧進帳』につきまして、市川團十郎様のお立場から、あらすじをお聞かせいただけますでしょうか。

市川 源頼朝の怒りを買った義経が、武蔵坊弁慶を先頭に、都から奥州へ逃げ落ちる道中、安宅(石川県小松市)の関所での物語です。関守である富樫左衛門には既に、義経一行が山伏(やまぶし)の格好をしているという情報が届いていたので、義経一行はそこで足止めされます。しかし、いくつかのやりとりのなかで富樫は、弁慶、あるいは義経の人となりに感服し、切腹を覚悟で関所を通す。——そうした“武士の心”が主題です。

冨宅 関所を通すまでのお芝居にたくさんの見所があると思いますが、團十郎様にとっての名場面は、どのような場面でしょうか。

市川 富樫と弁慶が初めて対峙するところでしょうか。武芸において修行を積んだ者たちには、すれ違っただけで相手の人となりがわかると言われるのですが、このお芝居の中でも、富樫と弁慶はすでに互いが只者ではないことに気づいている。これは九代目市川團十郎が取り入れた演出ですが、互いの心づもりをわかっていながらあえて尋ねたり、人前で取り繕ってみせる、男の駆け引きなんです。
いちかわ だんじゅうろう
十二代目市川團十郎。39歳で市川團十郎を襲名。歌舞伎十八番にとどまらない分野の役柄を多彩に演じきるなど、スケールの大きさを感じさせる重厚な存在感で、歌舞伎の世界的周知に大きく貢献しているひとり。2007年に紫綬褒章受章。
冨宅 大変奥深いです。勧進帳を読み上げるところも名場面ですが、そもそも勧進帳とは、どのようなものでしょうか。

市川 寺社への寄付を募るための趣意書ですね。この『勧進帳』に出てくる勧進帳は、厳密に言いますと時代は少しずれているのですが、1181年の戦火で倒壊した東大寺の復興のためのものと言われています。皆がわずかずつ出し合って、気持ちをひとつにしていこうという精神のもと、先人たちが行っていた活動ですね。今回の東北大震災でも感じましたが、ひとりひとりがほんの少しずつでも出し合い、気持ちをひとつにしようという精神は本当に大事ですね。『勧進帳』を語るたび、つくづくそう思います。

冨宅 おっしゃる通りですね。そしてこの勧進帳を読みあげるところも、大きな見所かと思いますが、いかがでしょうか。

市川 『読み上げ』という場面ですね。山伏の一行だと偽る弁慶に、冨樫が勧進帳を読んでみろと言うわけですが、弁慶は持っているはずがない。そこで、何も書いてない巻物を取り出して、俊乗房(しゅんじょうぼう)重源(ちょうげん)というお坊さんが書いた文を朗々と読み上げるわけです。その後に加えられたのが、『山伏問答』という場面ですが、ここでも冨樫と弁慶の駆け引きが描かれています。始めのうち富樫は、ゆっくりと尋ねて、弁慶は素早く答える。それが徐々に、今度は富樫が早くなって、弁慶がゆっくりになっていくんです。そうした変化のなかで、人の“思い”を表現するんです。——こうしてお話ししていると、止まりませんね(笑)。そういう具合に、すべてが見所なんです。

冨宅 私もいつものめりこむようにして拝見しておりますので、本当におっしゃる通りです(笑)。お芝居を盛り上げていく音楽もまた、素晴らしいですね。

市川 四代目杵屋六三郎さんの作曲で、『寄せ』や『合方』などは本当に素晴らしく、七代目市川團十郎もその技量を大変評価していたと聞いています。幕が開いて唄が始まった瞬間から、何とも言えない興奮が湧いてくる、そんな名曲ですね。

冨宅 音楽も物語も大変奥深く、様々な角度から楽しめる歌舞伎ですが、團十郎様は、役者さんとしていつもどのような思いで演じていらっしゃいますか。

市川 私の祖父である七代目松本幸四郎が持っていた余裕のある雰囲気といいますか、そういうものを持ちたいと思いますね。例えば、舞台の上で演技の間に、お客様の目に触れぬよう後向きになり、次の準備をする時があるのですが、七代目幸四郎についていた弟子から聞いた話によれば、七代目も若い頃は、ブドウ糖や生卵を飲んでいていたそうです。歌舞伎は年齢に関係なく体力を使うものですからね。でも、晩年になるとそれがお茶になり、さ湯になったと聞きました(笑)。面白いものだなと思います。

冨宅 歌舞伎という偉大な文化を継承してこられた方のお人柄からもまた、学ぶことがあるということですね。貴重なお話しをありがとうございました。
取材日:平成23年6月2日
次回は、歌舞伎を通してお感じになる日本人の魅力や、歌舞伎に親しむためのポイントなど、興味深いお話しをご紹介します。
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