ピックアップ コンセプト 季節を楽しむ ラインナップ

掲載号

2021

PAINTING

日本文化支援特別企画

Artist interview

日本文化を普及するために、様々な伝統芸能や伝統品、
また日本文化を継承する方々を紹介してきました。

究極の心象を鮮やかに描く
色彩の絵師 街・岸辺

究極の心象を鮮やかに描く
色彩の絵師

洋画家

さかい

酒井

よしのぶ

信義

究極の心象を鮮やかに描く色彩の絵師
洋画家 酒井信義

冨宅:酒井先生が画家を志したきっかけを教えていただけますか。
酒井:純粋に絵が好きで、小学校でも描いた絵が教室の後ろに張り出され、喜んでいたような子供でした。特に親族に絵描きがいるような環境でもありませんでしたが、月刊誌の口絵に載っていた名画が好きだったのを覚えています。本格的に勉強を始めたのは、高校の美術部に入ってからで、夏休みには東京の美術研究所にも通っていました。
冨宅:そして東京藝術大学・大学院で学ばれ、この道に進まれたのですね。ご専門は油絵で抽象的なスタイルとうかがいましたが、その頃から描かれていたのですか。
酒井:ちょうど大学にいた頃、アメリカの現代美術が入ってきた時期で、私も小磯良平先生の教室で指導を受けながら、しばらくは新しい表現を模索し、いろいろな絵を描いていました。ただデッサンは好きでしたが、筆を手にすると写実的な絵を描こうという発想にはなりませんでした。今は花や風景など身近なものもモチーフにしています。
冨宅:実際に作品を拝見させていただきまして、色彩の美しさや優しさを感じ大変魅了されました。どのような思いで作品を描かれるのでしょうか。
酒井:きれいな夕日を見たら、その印象にぴったり合う赤を出したいと思います。そのように、自分の中にある好きな色感を再現したいという思いがあります。 絵を描く上で色彩は強い武器になるので、丁寧にイメージに寄せていきます。このピンクは日本的な桜の色だとか、朝の柔らかい空の色か夕暮れか、あるいはパリの空気の色か…など、季節感や物質感にふさわしい色を摸索していきます。
冨宅:モチーフを絵にしていく工程はどのようなものですか。
酒井:花でも、目の前のものをそっくり描くのではなく、見て感じた「これが花だ」という印象を描いていきます。たとえば目をつぶって親の顔を思うと、その面影がリアルに浮かんできますね。そういう心象を絵にしていくのです。
風景を描くときは、二十代の頃に吉野の桜を見に行ったときの、霞がかった春の空気感が強烈によみがえってきます。頭の中で時間の経過が逆転して、わっと映像が現れるので、そうしたイメージを目の前の景色と重ねて描きます。
冨宅:ものを見て受けた感情とか、そこから膨らむイメージを大切にして表現されていらっしゃるのですね。
酒井:そうですね。自分が受けた印象のその根っこにあるものを、感覚と想像で探りながら絵にしている感じです。

アネモス

冨宅:「アネモス」という作品も、綺麗なグリーンに淡いお花の色彩が絶妙に美しく、またノスタルジックな空気感をまとっているようで、素敵です。画材はパステルとありますが、パステルに見えない質感ですね。
酒井:パステルはうっすら描くと中途半端になってしまうので、背景をしっかり塗り重ねてみたら、こってりしたよい感じに仕上がりました。主役の色は大事ですが、最終的に印象に残るのは画面を一番多く占めている色ですので、パステルの鮮やかな色合いが生きて、よかったと思います。
冨宅:先生は描くものによって画材を選ばれるのですか。
酒井:基本的には油絵です。色も豊富で質感も工夫でき、重ね塗りや、やり直しも利くので、だいたいの表現は油絵具で全うできます。パステルは花から始まって、桃も描くようになりました。パステルのふわっとした柔らかさが花や桃を描くのに合うと思ってのことです。

落ち葉の青い影やセーヌ川の色
印象派の絵そのものだったパリ

落ち葉の青い影やセーヌ川の色
印象派の絵そのものだったパリ
桃・初夏

冨宅:先生はパリに10年ほど住まわれたことがあると拝見しましたが、制作に影響はございましたか。
酒井:そうですね。やはり日本の絵の教育は、ルネッサンス、イタリア、フランスの絵画史の流れの中で育ったので、一度は行ってみようと思っていました。実際、現地でさまざまな絵に触れ、大きな刺激を受けました。
また初めて行ったのは秋の頃でしたが、パリ郊外の森で見た風景は印象的でした。プラタナスの葉が落ちて、重なる枯葉の影が青く、印象派の絵そのものだったのです。画面でことさら美しく表現されたわけではなく自然な色彩であったことに驚きました。長く滞在しましたが、覚えているのはそうした色彩や気候、ベージュの石の色や、透明とか、とりたてて特徴があるわけでもないセーヌ川の色です。
冨宅:大きな月に照らされたような作品「街・岸辺」は、そのようなパリのイメージで描かれていらっしゃるのですね。
酒井:パリを引き上げるので、滞在した6年ほど前にアトリエで明け方まで眺めていた満月を、パリらしい赤煉瓦の煙突のある街の印象とともに描いた初めてのパリの油絵です。桜など日本の風景は厚塗りにはなりにくいのですが、石で作られた街は厚塗りになるので、このような作風になりました。
冨宅:多くの記憶や想いが込められた作品を手放すことにさみしさはありますか。
酒井:いえ、感動して、そばに置きたいと思ってもらえるのは、素直にうれしいです。肯定していただけることは奇跡のようだと思っていますから。
実際、絵を描くのは孤独な作業で、キャンバスに向かうと、自分との問答の世界。描いて失敗して、また工夫して描くという積み重ねがその人の技法になっていきます。ですから私の感受性をベースにして描いた作品で、思いを共有していただけることは本望といえます。

見ること自体が喜びになり
力になる絵を描きたい

冨宅:先生にとって、美とはどういうものでしょうか。
酒井:たとえば有名な物語『フランダースの犬』の少年ネロは、教会で憧れ続けたルーベンス絵の前で亡くなりますが、美しさとは貧しさの中でも、生死を超えて心が求めるものではないでしょうか。絵やものであったり、誰かの思い出や言葉、映像であることもあるでしょう。そういう、その人の感受性に訴えるものの中にあるのかもしれません。私にとってマチスの絵は、美しいと言えます。彼の明るい色使いやシンプルな構成、絶妙な空間感の中に、品格や強さを感じます。見ること自体が喜びであり幸せを感じる、私もそういう絵を描いていきたいものです。
冨宅:多くの方が先生の作品から優しさや喜びを感じていらっしゃると思います。最後に、これからの抱負を教えていただけますか。
酒井:しばらく描きたいイメージをうまく表現できない時期が続いていましたが、ここに来て扉が開いたかはわかりませんが、風、空気が動く感触を得ています。当たり前のことですが、手を動かしていくしかありません。描きたい要素は数多くあるので、経験や参考例に頼って何となく切り抜けるのではなく、真正面から取り組んで、「これだ」という絵を見てほしいです。ガラス器の中で圧縮された空気がポンと弾けて雲が生まれるように絵が出来たらと思います。
冨宅:先生の新しい作品を楽しみにしております。本日はありがとうございました。



酒井先生とエルビュー社長冨宅

酒井信義

酒井信義

1944年 神奈川県鎌倉市に生まれる

1967年 東京藝術大学油画科卒、大橋賞受賞 ‘69年同大学院油画修了

1979年 絵本「ちいさなろば」(エインズワース作 石井桃子訳)福音館書店

1989年 讀賣新聞連載小説「うたかた」(渡辺淳一著)の挿絵担当

1990年 渡仏(~‘99年)国際現代美術大賞展(モナコ国立美術館‘91年)

2009年 髙島屋美術部創設百年記念 酒井信義展(髙島屋 6都市巡回)

2010年 酒井信義の世界展‒紡ぎ出す色彩とフォルム‒(諏訪市美術館)

2020年 個展(銀座・ギャルリ・サロンドエス)

2021年 酒井信義展 色彩と線と紡ぎ出された季の象(日本橋三越本店)

その他 個展・グループ展・多数